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未払い残業代請求

医師の宿日直・宅直に関する奈良病院事件判決(大阪高判平成22年11月16日等)

医師の宿直・宅直勤務時間に対して残業代等が支払われるのかどうかが争われた裁判例として,奈良病院事件判決があります。奈良病院割増賃金請求事件の裁判は数次にわたって行われていますが,そのうちでリーディングケースともいえるものが,大阪高等裁判所平成22年11月16日判決です。他の奈良病院事件判決も,この判決を踏襲しています。いずれも,医師の宿日直勤務については残業代等を支払うべきであるとしていますが,宅直勤務については労働時間性を否定し,残業代等の支払いは必要ないとの判断をしています。

ここでは,医師の宿直・宅直に関する奈良病院事件判決(大阪高等裁判所平成22年11月16日判決等)について,東京 多摩 立川の弁護士がご説明いたします。

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医師の宿直・宅直に関する奈良病院事件判決

医師の場合,所定労働時間外において宿直をしなければならなかったり,または,病院からの応援要請や呼び出しに備えて自宅やその周辺で待機する宅直をしなければならないことがあります。

この宿直や宅直は,医師の通常業務ではないとはいえ,まったくの自由な時間というわけでもありません。

そこで,医師による未払い残業代等請求においては,この宿直勤務時間・宅直勤務時間に対しても残業代等の賃金が支払われるのかどうかが問題となることがあります。

医師の宿直・宅直勤務に対して残業代等が支払われるべきなのかについて明確な判断をした最高裁判所の判例はありませんが,下級審においてはいくつかの裁判例があります。

その下級審裁判例のうちでも著名なものが「奈良病院(割増賃金請求)事件判決」です。

実は,医師による奈良病院に対する割増賃金請求は,請求している医師こそ別の人であるものの,これまでに数度にわたって行われています。

そのため,複数の奈良病院事件判決が存在しています(大阪高判平成22年11月16日,大阪高判平成26年12月19日,奈良地方裁判所平成27年2月26日判決等)。

ただし,複数の奈良病院事件判決が存在してはいるものの,基本的な判断の枠組みや結論は,ほとんど,高等裁判所判決である「大阪高等裁判所平成22年11月16日判決」を踏襲しています。

そこで,以下では,リーディングケースといえる大阪高等裁判所平成22年11月16日判決について解説します。

>> 医師による未払い残業代等請求

奈良病院事件における事案の概要

大阪高判平成22年11月16日における第一審被告は奈良県立病院(現在は県立ではなく,独立行政法人の奈良県総合医療センター。)を設置する奈良県,第一審原告(被控訴人)はその病院の産婦人科医師です。

この奈良県立病院では,産婦人科医師らが,夜間宿直勤務のほか,宿直勤務担当者の応援のために宅直勤務を行っていましたが,これらの勤務時間中の実作業時間については割増賃金等が支払われていたものの,実作業時間以外の宿直勤務・宅直勤務時間は労働時間として扱われておらず,割増賃金等の支払いもなされていませんでした。

そこで,産婦人科医師らが,宿直勤務・宅直勤務時間も労働時間であるとして,残業代等の支払いを求めたのが,この大阪高判平成22年11月16日の事案です。

なお,大阪高判平成22年11月16日以外の奈良病院事件(大阪高判平成26年12月19日,奈良地方裁判所平成27年2月26日判決等)も事案は同様です。

奈良病院事件判決における宿直についての判断

大阪高判平成22年11月16日では,一審原告である医師らの宿日直勤務について,それが労働基準法41条3号・労働基準法施行規則23条に該当するか否かが争われています。

労働基準法41条3号・労働基準法施行規則23条の断続的労働断続的な宿日直勤務)のうち労働基準監督署長の許可を受けているものについては,その宿日直勤務時間に対して労働時間・休日の規定の適用が除外され,したがって,残業代や休日割増賃金の支払いをしなくてもよくなるとされています。

奈良県立病院では,上記の労働基準監督署長の許可を受けていたため,この労働時間・休日等規定の適用除外を主張して,残業代等の支払いを拒絶しているのです。

>> 医師の当直・宿直勤務に残業代等は支払われるのか?

労働行政における許可基準の相当性

労働行政においては,断続的労働・断続的宿日直勤務について労働基準監督署長が許可を与える際によるべき許可基準が設けられています。

この許可基準はあくまで行政解釈ですので,必ずしも,裁判所が行政解釈による許可基準に従って,当該宿日直勤務が断続的労働に該当するのかどうかを判断しなければならないわけではありません。

そこで,裁判所が,当該宿日直勤務が断続的労働に該当するするのかどうかを判断する際に,上記の行政解釈による許可基準を用いることは相当であるかどうかが問題となります。

この点について,大阪高判平成22年11月16日は,以下のとおり判示しています(なお,病院名は「奈良県立病院」としています。以下の引用も同様。)。

(2) 労働基準監督署の扱い

ア 労働基準監督署における医療機関の宿日直業務への対応

 労働基準法及び同法施行規則の上記定めを受けて,労働基準監督署においては,付随的宿日直業務を,所定労働時間外又は休日における勤務の一態様であり,当該労働者の本来業務は処理せず,構内巡視,文書・電話の収受又は非常事態に備えて待機するものであって,常態としてほとんど労働する必要がない勤務であると捉え,医療機関における原則として診療行為を行わない休日及び夜間勤務については,病室の定時巡回,少数の要注意患者の定時検脈など,軽度又は短時間の業務のみが行われている場合には,労働基準法41条3号の断続的業務たる宿日直として取り扱い,病院の医師等が行う付随的宿日直業務を許可してきた(甲13)。

 本件において,奈良労働基準監督署長が,昭和52年10月7日付で,奈良県立病院に対し付随的宿日直業務の許可を与えたことは,前記前提事実(3)のとおりである。

(中略)

 前記(2)アのとおり,労働行政においては,医療機関の宿日直業務は,原則として診療行為を行わない休日及び夜間勤務につき,病室の定時巡回,少数の要注意患者の定時検脈など軽度又は短時間の業務のみが行われている場合に,労働基準法41条3号の断続的業務たる宿日直として取り扱い,その許可を与える方針であったと認められる。

 そして,断続的業務が労働基準法の労働時間等に関する規定の適用を免れるのは,これらの労働の労働密度が薄く,精神的肉体的負担も小さいことを原因とすることに照らすと,労働行政において採られてきた上記基準は,それ自体とすれば,医療機関の宿日直業務が労働基準法41条3号の断続的業務に当たるかどうかを判断する基準として,相当なものというべきである。

 そこで,以下においては,奈良県立病院の産婦人科医の宿日直業務が,病室の定時巡回,少数の要注意患者の定時検脈など,軽度又は短時間の業務のみを内容とする労働基準法41条3号所定の断続的労働といえるかどうかについて,検討を加える。

上記判示のとおり,大阪高判平成22年11月16日は,行政解釈による許可基準について,「それ自体とすれば,医療機関の宿日直業務が労働基準法41条3号の断続的業務に当たるかどうかを判断する基準として,相当なものというべきである。」としています。

そして,その上で断続的労働といえるかどうかを検討していることから,裁判所においても,断続的労働か否かの判断基準として,行政解釈による許可基準を用いることができると判断しているものと理解できます。

>> 断続的な宿日直勤務とは?

労働基準監督署長の許可がある場合

前記のとおり,本件奈良県立病院は,宿日直勤務の断続的労働について労働基準監督署長の許可を得ています。したがって,労働時間規定等の適用が除外されることになるはずです。

もっとも,大阪高判平成22年11月16日は,以下のとおり判示しています。

イ 労働基準監督署長の許可

(ア) 奈良労働基準監督署長は,昭和52年10月7日,奈良県立病院に対し,次のような附款を付して,断続的な宿直又は日直勤務を許可していた(前提事実(3))。
a 1人の従事回数は,宿直は週1回,日直は月1回を超えないこと。
b 宿日直開始前の時間,宿日直終了後の時間は当該宿日直担当者には業務につかせないこと。

(イ) ところが,平成16年1月から平成17年12月までの間において,1審原告X1は月平均8.75回の,1審原告X2は月平均8.875回の宿日直業務に従事しており(前記(4)ア,イ),この点で既に上記附款の限度を超えている。

 また,一審原告X1本人の供述によれば,産婦人科医師による日直は,通常勤務と連続して32時間,土曜日と日曜日に連続して日直を担当する場合は通常勤務とあわせて56時間の連続勤務になることもあったことが認められ,宿直に関しても,通常勤務と連続しない配慮がされていた形跡は窺えない。

(ウ) 以上によれば,奈良県立病院の産婦人科医師の宿日直勤務は,その具体的な内容を問うまでもなく,外形的な事実自体からも,奈良労働基準監督署長が断続的な宿直又は日直として許可を行った際に想定していたものとはかけ離れた実態にあった,ということができる。

 このことに照らすと,奈良労働基準監督署長が奈良県立病院の宿日直勤務の許可を与えていたからといって,そのことのみにより,1審原告らの宿日直業務が労働基準法41条3号の断続的業務に該当するといえないことはもちろん,上記許可の存在から,奈良県立病院における宿日直業務が断続的業務に当たると推認されるということもできない。

上記判示のとおり,大阪高判平成22年11月16日は,労働基準監督署長の許可があったことは認めつつも,「奈良労働基準監督署長が断続的な宿直又は日直として許可を行った際に想定していたものとはかけ離れた実態にあった」と認定しています。

そして,許可を行った際に想定していたものと実態とがかけ離れていた以上,許可を与えていたからといって,断続的労働に該当するとはいえず,また,許可によって断続的労働に該当することを推認することもできないとしています。

つまり,労働基準監督署長の許可がある場合であっても,労働実態が労働基準法41条3号の断続的労働に該当するものでなければ,適用除外の効力は生じないということです。

断続的労働の該当性

前記のとおり,労働基準監督署長の許可がある場合であっても,労働実態が労働基準法41条3号の断続的労働に該当するものでなければ,適用除外は認められません。

したがって,労働基準監督署長の許可がある場合であっても,労働基準法41条3号の断続的労働に該当するかどうかは,別途,検討を要することになります。

そして,労働基準法41条3号の断続的労働に該当するかどうかについては,前記のとおり,基本的に,行政解釈による労働基準監督署長の許可基準をもって判断することになります。

大阪高判平成22年11月16日は,本件医師らの宿日直勤務の断続的労働該当性について,以下のとおり判断しています。

ウ 断続的労働該当性の検討(1)(宿日直勤務時間の全部)

(ア) 1審被告の主張

 1審被告は,「1審原告らの宿日直勤務は,労働基準法41条3号所定の断続的労働ということができるので,1審原告らの宿日直勤務に対しては,労働基準法37条1項所定の割増賃金を支払う必要はなく,1審被告は,1審原告らに対し,1宿日直勤務1回当たり2万円(前提事実(7))を支払えば足り,現に支払済みであるから,1審原告らの宿日直勤務の割増賃金請求は理由がない。」と主張する。

(イ) 検討

 しかし,前記1(1)~(6),2(3)(4)の事実に,証拠(甲25,27,28,乙57,証人A,1審原告X1本人,1審原告X2本人)及び弁論の全趣旨を総合すると,次のように認定判断することができ,平成16年,17年当時,奈良県立病院の産婦人科医(1審原告らを含む)の宿日直勤務の実態は,労働基準法41条3号所定の断続的労働ということができないので(上記(2)の労働基準監督署の扱い参照),1審被告の上記(ア)の主張は理由がない。

a 奈良県立病院は,奈良県周産期医療情報システムにより構築されたネットワークの基幹病院として周産期患者の受け入れを行っているところ,実際に同病院に搬送される時間外救急患者数は,上記ネットワークにおいて受け入れ機関とされた5病院(うち2病院はほとんど受け入れていない。)のうちでも突出して多い。平成16年度をみても,時間外救急患者数は,昼間の産婦人科医12人体制の県立医科大学附属病院が508人,同医5人体制の近畿大学医学部奈良病院が101人であるのに対し,同医5人体制の△△病院が1395人も受けいれている(前記1(1))。

 いかに△△病院産婦人科医の宿日直勤務が加重負担であったか,この数字を見ても明らかであろう。

b 現に,1審原告X1が平成16年,平成17年に宿日直で担当した正常分娩,異常分娩,分娩・新生児・異常妊娠治療及び産科系以外の救急外来件数は,別紙5「1審原告X1宿日直処理件数」記載のとおりであり,上記2年間の宿日直1回当たりの平均件数は,正常分娩が0.3件,異常分娩が0.3件,分娩・新生児・異常妊娠治療(別紙5では「産科系救急」と記載)が0.9件,その他の治療(別紙5では「非産科系救急」と記載)が1.5件であった(前記(4)ア)。

 次に,1審原告X2が平成16年,平成17年に宿日直で担当した正常分娩,異常分娩,分娩・新生児・異常妊娠治療及び産科系以外の救急外来件数は,別紙6「1審原告X2宿日直処理件数」記載のとおりであり,上記2年間の宿日直1回当たりの平均件数は,正常分娩が0.3件,異常分娩が0.3件,分娩・新生児・異常妊娠治療(別紙6では「産科系救急」と記載)が0.9件,その他の治療(別紙6では「非産科系救急」と記載)が1.6件であった(前記(4)イ)。

 1審原告らの正常分娩への立会時間だけをみても,正常分娩1件当たり,初産婦で1時間15分ないし2時間半,経産婦で40分ないし1時間20分も立ち会っている(前記1(2)ウ)。

c 当直医は,奈良県立病院医師当直内規により,外来救急患者への対処,応急処置を行うべきこととされていて,産婦人科当直医に対しては,入院患者の正常分娩,異常分娩(手術を含む)及び分娩,手術を除く処置全般,家族への説明,電話対応等の処置を行うべきことが予定・要請されていたのみならず,奈良県立病院に搬送される周産期患者に対して適切な処置を行うべきことが,当然予定・要請されていた(前記1(4)イ)。

 産婦人科当直医に対して予定・要請されている上記の各処置は,いずれも産婦人科医としての通常業務そのものというべきである。このことからすると,奈良県立病院の産婦人科当直医の宿日直勤務は,労働密度が薄く,精神的肉体的負担も小さい病室の定時巡回,少数の要注意患者の定時検脈など,軽度又は短時間の業務であるなどとは到底いえない。

d このことは,奈良県立病院における分娩の実情をみても明らかである。奈良県立病院の分娩件数は,平成16年中で633件であるが,うち397件(62.7%)は宿日直時間帯の分娩であった。また,平成17年中の573件の分娩のうち,359件(62.6%)は宿日直時間帯の分娩であった。

 産婦人科という診療科目の特質上,医師は宿日直勤務時間中に分娩に立ち会うことも少なくなく,産婦人科の当直医は,宿日直勤務時間中に,帝王切開術実施を含む異常分娩や,分娩・新生児・異常妊娠治療その他の診療も行っており,宿日直時間帯の分娩の約半数は異常分娩であった(以上につき前記1(6)ア)。

e 1審被告は,本件調査結果から,奈良県立病院産婦人科医が宿日直勤務時間中に通常業務に従事した時間の割合は22.3%であったというが,この数値は宿日直医が実際に通常業務に従事した時間割合よりも著しく過少であり(前記(3)イ),実際は1審原告らが主張する4割に近いものであったと思われる。

 すなわち,奈良県立病院の産婦人科医(1審原告らを含む)は,平成16年,平成17年当時も,助産師や看護師からの患者(妊婦等)の容態についての頻繁な連絡や助産婦等に対する指示・助言,入院患者や救急患者の正常分娩,異常分娩(手術を含む)への立会,患者の分娩・手術を除く処置全般,外来患者(産婦人科の患者に限らない。)の応急措置,患者や家族への説明等に追われ,夜間,宿直室で仮眠をとることはできても睡眠時間はかなり少なく,ぐっすりと熟睡などはできず,宿日直勤務中は産婦人科医が1人しかいないため,時間内勤務よりも宿日直勤務の方が負担感が重いという実感であった(甲25,27,28,証人A,1審原告X1本人,1審原告X2本人)。

上記判示のとおり,大阪高判平成22年11月16日は,本件奈良県立病院においては,他病院と比較して病院の人員・受け入れ人数が過重であったこと,実際の処理件数や立会い時間も他病院よりも負担が大きいものであったこと,宿日直勤務における具体的な業務内容が通常業務と変わりないものであったこと等,詳細な事実認定・評価をしています。

その上で,本件医師らの「宿日直勤務の実態は,労働基準法41条3号所定の断続的労働ということができない」と判断しています。

一審被告の反論に対する判断

一審被告は,前記断続的労働該当性のほか,仮に断続的労働でないとしても,本件医師らの宿日直勤務は宿日直勤務中に通常業務に従事したのは宿日直勤務時間の22.3%にすぎないから,残業代等を支払う必要はないなどの反論もしています。

大阪高判平成22年11月16日は,一審被告の各反論について詳細な批判を加えたうえで,いずれも排斥しています。

医師の宿日直勤務の労働時間該当性

一審被告の反論に対する判断を示す前提として,大阪高判平成22年11月16日は,以下のとおり,医師の宿日直勤務がそもそも労働基準法上の労働時間に該当するものかどうかについて判断しています。

エ 断続的労働該当性の検討(2)(宿日直勤務時間の一部)

(ア) 1審被告の主張

 1審被告は,「1審原告らの宿日直勤務の全部を労働基準法41条3号所定の断続的労働ということができないとしても,1審原告らが宿日直勤務中に通常業務に従事したのは宿日直勤務時間の22.3%にすぎないのであるから,労働基準法上の割増賃金は,上記通常業務に従事した時間に対してのみ支払えば足りる。」と主張する。

(イ) 検討(1)-指揮命令下での勤務

a 一般に,労働基準法上の労働時間は,労働者が使用者の指揮命令下に置かれている時間をいうと理解されており,実作業に従事していない不活動時間が労働基準法上の労働時間に当たるかどうかは,労働者が不活動時間において使用者の指揮命令下に置かれていたものと評価することができるか否かにより客観的に定まるとされている。

 そして,不活動時間において,労働者が実作業に従事していないというだけでは,使用者の指揮命令下から離脱しているということはできず,当該時間に労働者が労働から離れることを保障されていて初めて,労働者が使用者の指揮命令下に置かれていないものと評価することができると解されている。

 以上につき,最高裁判所平成12年3月9日第一小法廷判決・民集54巻3号801頁,同平成14年2月28日第一小法廷判決・民集56巻2号361頁,同平成19年10月19日第二小法廷判決・民集61巻7号2555頁参照。

b そして,奈良県立病院の宿日直勤務が1審被告の業務命令に基づいて行われていることは,前提事実(2)イのとおりであり,宿日直勤務の医師が1審被告の指揮命令下にあることは明らかである(このことは,1審被告も争っていない。)。

 1審被告(奈良県立病院長)が命ずる宿日直勤務は,宿直が平日休日を問わず午後5時15分から翌朝8時30分まで,日直が休日(土曜,日曜,祝日)の午前8時30分から午後5時15分までという時間を区切ったものであり(前提事実(2)イ),宿日直担当医は,1審被告が宿日直担当医の通常業務と主張する業務を実際に処理する時間以外の時間においても,宿日直業務から離れることを保障されているとはいえない上,奈良県立病院の産婦人科医ら(1審原告らを含む)は,平成16年,平成17年当時も,その勤務の実態は前記ウ(イ)のa~eのとおりであり,同医師らは,上記宿日直勤務時間の全体にわたって,使用者である1審被告の指揮命令下に置かれていたというべきである。

c したがって,奈良県立病院の宿日直担当医の宿日直勤務は,その勤務時間の全体が労働基準法上の労働時間に当たるというべきであり,1審被告の上記(ア)の主張も採用できない。

大阪高判平成22年11月16日は,まず,労働時間とは何かについて,「労働者が使用者の指揮命令下に置かれている時間」のことをいうとしています(最高裁判所平成12年3月9日第一小法廷判決・民集54巻3号801頁・三菱重工業長崎造船所事件判決)。

そして,実作業をしていない不活動時間が労働時間に該当するかどうかは,「労働者が不活動時間において使用者の指揮命令下に置かれていたものと評価することができるか否かにより客観的に定まる」ものとしています(最高裁判所平成14年2月28日第一小法廷判決・民集56巻2号361頁・大星ビル事件判決最高裁判所平成19年10月19日第二小法廷判決・民集61巻7号2555頁・大林ファシリティーズオークビルサービス事件判決)。

その上で,本件宿日直勤務は,「宿日直担当医は,1審被告が宿日直担当医の通常業務と主張する業務を実際に処理する時間以外の時間においても,宿日直業務から離れることを保障されているとはいえない」ため,宿日直勤務の全体にわたって病院側の指揮命令下にあったと評価できることから,本件宿日直勤務は,その勤務時間の全体が労働基準法上の労働時間に当たるものと判断しています。

>> 労働時間性の問題とは?

厚生労働省労働基準局長要請を根拠とする反論に対する判断

一審被告は,本件医師らの宿日直勤務に対して残業代等を支払う必要がないことの根拠として,平成14年3月19日付け厚生労働省労働基準局長要請「医療機関における休日及び夜間勤務の適正化」を挙げています。

この一審被告の主張に対し,大阪高判平成22年11月16日は,以下のとおり判示しています。

(ウ) 検討(2)-厚生労働省労働基準局長要請

a 1審被告の前記(ア)主張の根拠

 1審被告は,厚生労働省労働基準局長が,平成14年3月19日,社団法人日本病院会長らに宛てた「医療機関における休日及び夜間勤務の適正化について(要請)」と題する要請(基発第0319007号の2)の別紙(甲13-4枚目以下)中に,①宿日直勤務中に救急患者の対応等通常の労働が突発的に行われることがあるものの,夜間に充分な睡眠時間が確保できる場合には,宿日直勤務として対応することが可能である,②しかし,その突発的に行われた労働に対しては,労働基準法37条に定める割増賃金を支払うことが必要であるなどとする記載があることを指摘し(前記(2)イ(ウ)。以下,この記載を「本件基準」という。),これを根拠に前記(ア)のとおり主張するので,以下においては,この観点から1審被告の同主張の当否を検討する。

b 厚生労働省労働基準局長要請の内容

 厚生労働省労働基準局長要請は,宿日直勤務中に救急患者の対応等通常の労働が行われる場合の取扱いについて,次のように定めている(要旨)。

(a) 同勤務中に救急患者への対応等の通常の労働が突発的に行われることがあるものの,夜間に充分な睡眠時間が確保できる場合(本件基準に該当する場合)には,一部許可基準に定められた事項を満たしていないことから,その突発的に行われた労働に対しては労働基準法37条に定める割増賃金を支払う必要があるが,なお宿日直勤務として対応することが可能である(甲13-5枚目3(1)参照)。

(b) 同勤務中に救急患者の対応等が頻繁に行われ,夜間に充分な睡眠時間が確保できないなど常態として昼間と同様の勤務に従事することとなる場合には,許可基準に適合しない労働実態であるから,宿日直勤務で対応することはできない。したがって,現在,宿日直勤務の許可を受けている場合は,その許可が取り消されることになる(甲13-5枚目3(2)参照)。

c 厚生労働省労働基準局長要請の本件への当てはめ

(a) 前記(イ)aにおいて引用した最高裁判所判決の趣旨からすると,本件基準が前提としている宿日直勤務は,労働基準法41条3号所定の断続的労働の要件を充たすものであることが当然の前提とされている。

 本件基準(前記b(a)に該当する場合)は,そのような労働密度が薄く,精神的肉体的負担も小さい宿日直勤務(労働基準法41条3号所定の断続的労働)がされている状況の下で,突発的に救急患者の対応等通常の労働が行われたときには,その行われた通常の労働に対して労働基準法37条が定める割増賃金を支払うことをもって足りることを明らかにしたものと解すべきである。

 本件基準の合理性は,上記のように解することによって初めて肯定することができる。

(b) ところが,奈良県立病院の産婦人科医(1審原告らを含む)の宿日直勤務は,労働基準法41条3号所定の断続的労働ということができないことは,前記ウ(イ)で認定したとおりである。

 奈良県立病院の産婦人科は,平成16年中において1445人(1日平均3.95人)の時間外救急患者を受け入れたのであり,このことは奈良県の周産期医療体制下で同病院が置かれた立場からすると不可避のことであった。また,同年中に,奈良県立病院では397件の宿日直時間帯の分娩(1日平均1.1件)があったが,これも△△病院が置かれた立場からすると当然のことと思われる(前記1(1),(6))。

 奈良県立病院の産婦人科の宿日直担当医に対しては,これらに対処することが当然予定・要請されていたのであり(前記(3)ア),このことに照らすと,△△病院の宿日直医がこれらの要請に対処することは,到底「突発的(思いもよらないこと)」と評価できるものではなく,むしろ「常態(当然予定されていること)」と評価すべきことは明らかである。

(c) しかも,奈良県立病院の産婦人科医(1審原告らを含む)の平成16年,平成17年当時の宿日直勤務の実態は,前記ウ(イ)a~eのとおりであり,①同勤務中に救急患者への対応等の通常の労働が突発的に行われることがあるものの,夜間に十分な睡眠時間が確保できる場合(前記b(a),本件基準)には到底当たらず,②同勤務中に救急患者の対応等が頻繁に行われ,夜間に充分な睡眠時間が確保できないなど,常態として昼間と同様の勤務に従事することとなる場合(前記b(b)1文)に該当する。

 したがって,厚生労働省労働基準局長要請(前記b(b)2文)によれば,奈良労働基準監督署長が,昭和52年10月7日付けで,△△病院に対して与えていた断続的な宿直又は日直勤務の許可(乙888)は,本来,取り消されるべきものであった。

(d) 以上の次第で,奈良県立病院の産婦人科医の宿日直勤務については,本件基準(前記b(a)の要件)を充足しない。

 1審被告が援用する本件調査では,当直医の「通常業務」の従事割合22.3%が著しく過少に表現されていると認めるべきことは,前記(3)イ(エ)で認定したとおりであるが,以上の検討の結果によれば,1審原告らの宿日直勤務について,その通常業務従事時間に対してのみ労働基準法の割増賃金を支払えば足りるとする1審被告の前記(ア)の主張は,1審被告がいう「通常業務」の従事割合を問題にするまでもなく理由がない。

平成14年3月19日付け厚生労働省労働基準局長要請「医療機関における休日及び夜間勤務の適正化」では,以下のような指導内容が記載されています。

  • 宿日直勤務中に救急患者の対応等通常の労働が突発的に行われることがあるものの,夜間に充分な睡眠時間が確保できる場合には,宿日直勤務として対応することが可能である。
  • 突発的に行われた労働に対しては,労働基準法37条に定める割増賃金を支払うことが必要である。

一審被告は,本件医師らには宿日直勤務中に十分な睡眠時間を与えていたこと,実作業時間に対して割増賃金を支払っていたことを理由に,本件医師らの宿日直勤務が労働時間に該当しないと主張しています。

もっとも,大阪高判平成22年11月16日は,具体的事情を認定した上で,本件宿日直勤務は断続的労働に該当しないこと,宿日直勤務の実体からして通常労働と同様の労働に対処することが常態化していたこと,睡眠時間が十分に確保できる状態でなかったこと,そのため,本来であれば労働基準監督署長の許可は取り消されるべきものであったことなどから,平成14年3月19日付け厚生労働省労働基準局長要請「医療機関における休日及び夜間勤務の適正化」を根拠とすることはできず,本件宿日直勤務に対して残業代等を支払う必要がないとの主張には理由がないとして,一審被告の主張を排斥しています。

労働基準監督署長の対応を根拠とする反論に対する判断

一審被告は,本件医師らの宿日直勤務に対して残業代等を支払う必要がないことの根拠として,労働基準監督署が許可の取り消しをしていないことを挙げています。

この一審被告の主張に対し,大阪高判平成22年11月16日は,以下のとおり判示しています。

d 奈良労働基準監督署長の対応

(a) 1審被告は,「奈良労働基準監督署長が奈良県立病院の断続的な宿直又は日直勤務についての許可を与えて後,同監督署は同病院の医師の勤務実態を調査しているが,奈良県立病院は,今日に至るまで上記許可の取消を受けたことはないことに照らすと,奈良県立病院の宿日直勤務が労働基準法41条3号の断続的勤務に該当することは,奈良労働基準監督署もこれを肯定している。」などと主張する。

(b) 確かに,奈良労働基準監督署長が奈良県立病院の断続的な宿直又は日直勤務についての許可を取り消した事実は認められないが,他方,証人Aの証言によれば,奈良県立病院はこれまでにも労働基準監督署長の指導を受けたことがあったと疑われる。 のみならず,仮に,奈良県立病院について上記(a)の事実が認められたとしても,それは,奈良労働基準監督署が,これまで,奈良県立病院産婦人科医の宿日直勤務の実態を正確に把握していなかったことの結果にすぎないと考えられる。

 しかも,前記c(c)のとおり,奈良労働基準監督署長が,昭和52年10月7日付けで,奈良県立病院に対して与えていた断続的な宿直又は日直勤務の許可(乙888)は,本来,取り消されるべきものであった。

(c) その上,奈良県立病院では,平成19年6月以降,医師の宿日直勤務の一部を時間外勤務に振り替える制度を導入し(前記1(5)ア),従前よりも同病院医師の宿日直勤務に関する労働条件が一歩前進したが,奈良労働基準監督署は,上記新制度の下でも勤務条件が不十分であると判断し,平成22年5月,奈良県立病院に勤務する産婦人科医の宿日直勤務は違法な時間外労働に当たる上,割増賃金も支払っていないとして,奈良県立病院を運営する奈良県を労働基準法違反容疑で検察庁に書類送検している(甲36)。

(d) したがって,いかなる観点からみても,1審被告の上記(a)の主張も採用することができない。

一審被告は,労働基準監督署長によって許可が取り消されていないのは,労働基準監督署も本件医師らの宿日直勤務が断続的労働に当たることを認めているからであると主張しています。

これに対して,大阪高判平成22年11月16日は,労働基準監督署長の許可が取り消されていないのは,単に業務の実態を労働基準監督署長が把握していなかっただけにすぎないとした上,実際に,これまでに労働基準監督署の指導を何度か受けていることや,奈良県立病院を運営する奈良県を労働基準法違反容疑で検察庁に書類送検していることなどから,一審被告の主張を排斥しています。

宿日直勤務に関する結論

前記までの認定の結果,大阪高判平成22年11月16日は,本件医師らの宿日直勤務は,病院側の業務命令に基づくものであり,断続的労働にも該当しないから,宿日直勤務時間の全部について,労働基準法37条1項が定める割増賃金を支払う義務があることを認めました。

>> 医師の当直・宿直勤務に残業代等は支払われるのか?

奈良病院事件判決における宅直についての判断

大阪高判平成22年11月16日では,前記のとおり,宿日直勤務時間の全部について残業代等を支払うべきであるとしていますが,この事件ではさらに,宅直勤務時間についても残業代等が支払われるべきかどうかも争われています。

宅直勤務については,それがそもそも労働時間に該当するものなのかどうかが争点となります。

>> 医師の宅直・オンコール当番に残業代等は支払われるのか?

黙示の業務命令の有無

一審原告である医師側では,宅直勤務時間が労働時間であることの根拠として,病院側から宅直勤務をすべき黙示の業務命令があったことを主張しています。

この点について,大阪高判平成22年11月16日は,以下のとおり判示しています。

ウ 1審原告らの主張の検討(黙示の業務命令)

(ア) 1審原告らの主張 1審原告らは,次のとおり主張する。

a 宅直勤務について,1審被告(奈良県立病院長)の明示の業務命令は存在しないことは認める。

b しかし,1審被告(奈良県立病院長)は,1名では実行不可能な業務を内容とする時間外勤務(宿日直業務)を命じていたのは,宿日直に当たっていない医師らが,職業意識から無給で宿日直担当医の応援をして業務を全うするであろうと,奈良県立病院の産婦人科医5人の無償の職業奉仕活動をあてにしていたためである。

 すなわち,宅直制度は宿日直制度と一体の制度であって,1審被告(奈良県立病院長)は,宅直制度を認識した上で,それを前提として,産婦人科当直医を1名とする宿日直制度を運営している。

c このような事情の下では,1審被告(奈良県立病院長)は,宅直担当医に対し,宿日直勤務時間において呼ばれれば,迅速に奈良県立病院で宿日直医を応援するような心身の状態を維持して待機し,呼ばれた場合には奈良県立病院に急行して宿日直医と協力して診療行為を行うことを内容とする黙示の業務命令を出していたというべきである。

d 宅直担当医には自宅あるいはその近辺にいなければならないとの場所的拘束があることから,宅直が労働基準法上の労働時間に当たるものであり,最高裁判所平成19年10月19日第二小法廷判決・民集61巻7号2555頁からもそれが認められる。

(イ) 当裁判所の判断

a 奈良県立病院医師宿日直規程2条は,奈良県立病院における医師当直に従事する職員の業務は,入院患者の病状の急変及び外来患者に対処することと定めている(前記1(4)ア(ア))ところ,平成16年度の△△病院の時間外救急患者数は1395人であり,これは1日当たり3.8人に匹敵する(前記1(1)イ)。これら時間外救急患者は,宿日直担当医が分娩に携わっているときであっても奈良県立病院に運ばれてくることがある。異常分娩のうち帝王切開術の施行には医師2名で対処することが必要とされており,多胎妊娠の場合には複数の医師の応援のもとに分娩を実施する必要がある(前記(1)イ)。

 このような実情にかんがみると,奈良県立病院における極めて多忙な宿日直業務を1人の宿日直担当医でこなすことは,事実上不可能な実態があると認められる。そこで,実際に1人の宿日直担当医でこなすことが不可能な事態が生じた場合には,当該宿日直担当医は,まず主治医を,それが不可能な場合には当日の宅直担当医に連絡して,その応援を求めることになるが(前記(1)イ,ウ),この場合,1審被告(△△病院長)は,宿日直担当医からの呼び出しを受けて病院で業務に従事した医師に対しては,同医師の申告にしたがって,当該業務従事時間に対応する時間外手当の支払を行っている(争いがない)。

b ところで,医師が一般に多くの患者を抱えていることからすれば,その患者の容態の如何によって,患者本人からであるにせよ,患者の措置を担当している同僚の医師からであるにせよ,常に緊急の措置を要請(応援要請)されることがあり得ることは,勤務医,開業医を問わず通常のことと考えられる。

 そして,医師には,基本的にこの要請に応じ,患者に対して適切な処置を行うことが期待されているのであるが,このような医師に対する社会の期待は,医師のプロフェッションたる地位に由来しているものと考えられる。一般に,プロフェッションとは,学識(科学または高度の知識)に裏づけられ,それ自身一定の基礎理論をもった特殊な技能を特殊な教育または訓練によって習得し,それに基づいて,不特定多数の市民の中から任意に呈示された個々の依頼者の具体的要求に応じて具体的奉仕活動を行い,よって社会全体の利益のために尽くす職業であるとされている。

 これまでに認定した奈良県立病院産婦人科の実態からすれば,奈良県立病院に勤務する産婦人科医が上記のような応援要請を受ける機会,特に1人で宿日直を担当している産婦人科医から応援の要請を受ける機会は,稀ではないと推認することができる。しかし,奈良県立病院に勤務する産婦人科医ら(5人)が,もし本件のような宅直制度が存在しない状況下で,この応援要請に応えようとすれば,同医師らは,全員が連日にわたって宿日直担当医からの応援要請を受ける可能性があり,その心構えを常にしておかなければならないことになって,その精神的,肉体的な負担はかなり大きい。

c 以上の実情に,前記(1)で認定した宅直制度の運用の実態(奈良県立病院に宅直に関する規定はなく,宅直当番医は産婦人科医の自主的な話し合いによって定まり,宅直当番医間でのいわば自主協定であり,宅直当番医名が病院に報告されることもなく,宿日直の助産婦や看護師にも知らされていない。),奈良県立病院の産婦人科医師(5人)が宅直で病院に呼び出される回数は,平成16年,平成17年当時も,年間6~7回位程度にすぎなかったこと(前記(1)ア)を併せかんがみると,奈良県立病院における宅直制度は,上記のような,宿日直担当医以外の全ての産婦人科の医師全員が連日にわたって応援要請を受ける可能性があるという過大な負担を避けるため,奈良県立病院の産婦人科医(5人)が,そのプロフェッションの意識に基づいて,当該緊急の措置要請(応援要請)を拒否することなく受けることを前提として,その受ける医師を予め定めたものであり,同制度は奈良県立病院の産婦人科医らの自主的な取組みと認めざるを得ない。

 既に認定した宅直制度の下においては,奈良県立病院の産婦人科医らには,宅直を担当する日においては,自宅を離れないようにする,飲酒を控える等の負担ないし気配りが求められ(証人A),精神的な緊張や負担も相当程度あると考えられる。しかし,他方,宅直を担当しない日においては,これらの負担からは一応解放されると考えられることに照らすと,これを半年,1年単位でみれば,上記宅直制度の下における医師らの負担が,宅直制度がなく,宿日直担当医以外の全ての産婦人科の医師らが連日にわたって上記緊急の措置の要請を受ける可能性がある場合の負担に比べれば,過大であるとはいえない。

d 上記cのとおりであるから,上記bで認定した諸事情を前提としても,宅直については,1審被告(奈良県立病院長)からの黙示の業務命令によるものと認めるのは困難である。

大阪高判平成22年11月16日は,医師にはプロフェッションたる地位があるとしています。

このプロフェッションとは,「学識(科学または高度の知識)に裏づけられ,それ自身一定の基礎理論をもった特殊な技能を特殊な教育または訓練によって習得し,それに基づいて,不特定多数の市民の中から任意に呈示された個々の依頼者の具体的要求に応じて具体的奉仕活動を行い,よって社会全体の利益のために尽くす職業である」と定義しています。

そして,医師には,このプロフェッションたる地位があることから,常に緊急の措置を要請に応じ,患者に対して適切な処置を行うことが期待されているとしています。

さらに,大阪高判平成22年11月16日は,以下の事情を認定しています。

  • 奈良県立病院における宿日直勤務が極めて多忙であるため,この業務を1人でこなすことは困難であり,もし宅直制度がなければ,医師ら全員が連日にわたって応援要請を受けることになりかねず,精神的・肉体的負担がかなり大きいこと。
  • 奈良県立病院には宅直制度に関する規定がないこと。
  • 宅直当番医は医師らの自主的な話し合いによって定まり,いわば医師間での自主協定であること。
  • 宅直当番医が病院に報告されず,助産師や看護師にも知らされていなかったこと。
  • 宅直で呼び出される回数は,年間6~7回にすぎなかったこと。

これらの事情から,大阪高判平成22年11月16日は,本件宅直制度は「宿日直担当医以外の全ての産婦人科の医師全員が連日にわたって応援要請を受ける可能性があるという過大な負担を避けるため,奈良県立病院の産婦人科医(5人)が,そのプロフェッションの意識に基づいて,当該緊急の措置要請(応援要請)を拒否することなく受けることを前提として,その受ける医師を予め定めたものであり,同制度は奈良県立病院の産婦人科医らの自主的な取組みと認めざるを得ない」と判断しました。

また,宅直当番日に自宅を離れないようにすることや飲酒を控えるなどの負担が求められるとしても,宅直当番以外の日には負担から一応解放されるので,半年・1年単位でみれば,宅直制度がなく連日呼出しを受ける場合に比べれば,過大な負担ではないとも判断しています。

そして,これらの事情からすれば,宅直勤務について,病院側からの黙示の業務命令があったとは認められないと結論付けています。

宿日直制度との一体性の有無

一審原告である医師側は,宅直制度は宿日直制度と一体のものであるという主張もしています。

この点について,大阪高判平成22年11月16日は,以下のとおり判示しています。

(ウ) 1審原告ら主張(宅直制度は宿日直制度と一体の制度である)の検討

a 1審原告らは,「宅直制度は宿日直制度と一体の制度であって,1審被告(奈良県立病院長)は,宅直制度を認識した上で,それを前提として,産婦人科当直医を1名とする宿日直制度を運営している。」と主張する。

b 確かに,Aを始めとする奈良県立病院の産婦人科医らは,平成になって以降も,1審被告(奈良県立病院長,奈良県庁医務課等)に対し,繰り返し,奈良県立病院の産婦人科医の増員や労働環境の改善を求め,その中で,その時点での産婦人科医の労働の現状を説明するに当たって宅直勤務についても言及し,1人の医師を宅直により無償で拘束することの問題点を指摘したが,1審被告は,その都度,産婦人科医らの申出を取り上げなかったのが実情であり(甲19~21,証人A〔特に253項〕,弁論の全趣旨),1審被告(奈良県立病院長,奈良県庁医務課等)は,奈良県立病院での宅直勤務の存在,その実態を認識していたと認められる。

 しかし,このことを前提としても,奈良県立病院が産婦人科当直医を1名とする宿日直制度を運営する上で前提としていたのは,宅直制度そのものではなく,宿日直医から緊急の措置を要請された場合には,医師(具体的には奈良県立病院産婦人科に勤務する宿日直医以外の医師)はこれに応ずるであろうという,これらの医師のプロフェッションとしての職業意識に対する期待であったと考えられる。現実にも,宿日直担当医は,応援を要請する場合には,まず当該患者の主治医に協力を依頼し,主治医の協力を得ることができない場合に宅直担当医に協力を依頼することが通常である(前記(1)ウ)。

c したがって,宅直制度が宿日直制度と一体の制度であるとまでいうことはできず,1審原告らの上記aの主張は,当裁判所としても理解できるのであるが,結論としては採用できないといわざるを得ない。

大阪高判平成22年11月16日は,まず,以下の判断をしています。

  • 奈良県立病院が産婦人科当直医を1名とする宿日直制度を運営する上で前提としていたのは,宅直制度そのものではなく,宿日直医から緊急の措置を要請された場合には,医師(具体的には奈良県立病院産婦人科に勤務する宿日直医以外の医師)はこれに応ずるであろうという,これらの医師のプロフェッションとしての職業意識に対する期待であったこと。
  • 現実にも,宿日直担当医は,応援を要請する場合には,まず当該患者の主治医に協力を依頼し,主治医の協力を得ることができない場合に宅直担当医に協力を依頼することが通常あること。

その上で,宅直制度が宿日直制度と一体の制度であるとまでいうことはできないと判断しています。

ただし,宅直制度が宿日直制度と一体の制度であるという主張は「当裁判所としても理解できる」ということも付け加えています。

最二小判平成19年10月19日の援用の可否

一審原告は,宅直勤務においても自宅またはその周辺で待機しなければならないという場所的拘束を受けていたから,最二小判平成19年10月19日(大林ファシリティーズ・オークビルサービス事件判決)を援用できる旨の主張もしています。

この点について,大阪高判平成22年11月16日は,以下のとおり判示しています。

(エ) 1審原告ら主張(最高裁判所平成19年10月19日判決の援用)の検討

a 1審原告らは,宅直担当医には自宅あるいはその近辺にいなければならないとの場所的拘束があることから,宅直が労働基準法上の労働時間に当たると主張し,前記最高裁判所平成19年10月19日判決を援用する。

b しかし,同判決は,マンション管理会社である使用者が,マンションの住み込み管理員であった従業員に対し,所定労働時間外においても管理員室の照明の点消灯等の断続的な業務に従事すべき旨を指示していた事例において,次のような認定判断をしたものである。

(a) 労働基準法上の労働時間とは,労働者が使用者の指揮命令下に置かれている時間をいい,実作業に従事していない不活動時間であっても,労働契約上の役務の提供が義務付けられていると評価される場合には,労働からの解放が保障されているとはいえず,労働者は使用者の指揮命令下に置かれているというのが相当である。

(b) しかし,マンションの住み込み管理員が,雇用契約上の休日に断続的な業務に従事していた場合において,使用者が,管理員に対し,管理員室の照明の点消灯及びごみ置場の扉の開閉以外には,休日に業務を行うべきことを明示に指示していなかった事実関係の下では,使用者が休日に行うことを明示又は黙示に指示したと認められる業務に管理員が現実に従事した時間のみが,労働基準法32条の労働時間に当たる。

c ところが,本件で問題となっている宅直については,1審被告(奈良県立病院長)が奈良県立病院の産婦人科医ら(1審原告らを含む)に対し,明示又は黙示の業務命令に基づき宅直勤務を命じていたものとは認められないのであるから(前記イ,ウ(イ)),1審原告らが宅直当番日に自宅や直ちに奈良県立病院に駆けつけることが出来る場所等で待機していても,労働契約上の役務の提供が義務付けられていると評価することができない。

 そして,宅直担当医が宿日直担当医からの呼び出しを受け,奈良県立病院において患者に治療を行った場合,1審被告(奈良県立病院長)は,当該治療に要した時間について,労働基準法上の労働時間として時間外手当の給付対象としていた(前記(1)ウ)。

d したがって,1審原告らが,宅直日の全時間が労働基準法32条の労働時間に当たると主張して,労働基準法37条1項所定の割増賃金を求める本訴請求は,最高裁判所平成19年10月19日判決に照らしても理由がないといわざるを得ない。

最二小判平成19年10月19日(大林ファシリティーズ・オークビルサービス事件判決)は,マンション住み込み管理人の所定時間外における業務対応時間等も,労働時間に該当するとした判例です。

一審原告らは,住み込み管理人と同様,本件宅直では自宅またはその周辺に待機していなければならないという場所的拘束があることから,所定労働時間外の業務対応時間についても労働時間性を認めた最二小判平成19年10月19日を援用できると主張しています。

これに対し,大阪高判平成22年11月16日は,本件宅直勤務は明示又は黙示の業務命令に基づき宅直勤務を命じていたものとは認められないから,労働契約上の役務の提供が義務付けられていると評価することができないこと,実作業時間に対しては残業代等が支払われていたことから,最二小判平成19年10月19日を援用することはできないと判断しました。

>> 大林ファシリティーズ・オークビルサービス事件判決

宅直勤務に関する結論

前記までの認定の結果,大阪高判平成22年11月16日は,本件医師らの宅直勤務は,病院側の業務命令が認められないので,労働時間に該当せず,労働基準法37条1項が定める割増賃金を支払う必要はないものと判断しています。

ただし,宅直勤務について適正な対価が支払われていないことについては,以下の意見を述べています。

(3) 小括

 以上のとおり,1審原告らの宅直勤務は,1審被告の明示又は黙示の業務命令に基づくとは認められないので,これが労働基準法上の労働時間に当たると認めることはできない。

 とはいっても,奈良県立病院の宅直制度が,医師は緊急の措置を要請された場合にはこれに応ずべきであるとする,プロフェッションとしての医師の職業意識に支えられた自主的な取組みであり,奈良県立病院における極めて繁忙な業務実態からすると,現行の宅直制度の下における産婦人科医の負担は,プロフェッションとしての医師の職業意識から期待される限度を超える過重なものなのではないか,との疑いが生ずることも事実である(また,そもそも,雇用主である1審被告が,雇用される立場の1審原告らのプロフェッションとしての医師の職業意識に依存した制度を運用することが正当なのかという疑問もある。)。

 1審被告(奈良県知事,同議会関係者,奈良県立病院の管理運営に携わっている知事部局の幹部職員,奈良県立病院長等)においては,奈良県立病院における1人宿日直制度の下での宿日直担当医以外の産婦人科医の負担の実情を調査し,その負担(宅直制度の存否にかかわらない。)がプロフェッションとしての医師の職業意識により期待される限度を超えているのであれば,複数の産婦人科宿日直担当医を置くことを考慮するか,もしくは宿日直医の要請に応ずるため,自宅等で待機することを産婦人科医の業務と認め(もっとも,この場合であっても,当該労働を労働基準法41条3号の監視・断続的労働として行政官庁の許可を受けることは考えられる。),その労働に対して適正な手当を支払うことを考慮すべきものと思われる。

やはり,いかに宅直勤務時間が労働時間に該当しないとしても,適正な対価を支払わないのは妥当ではないと裁判所も考えているということでしょう。

なお,この事案では宅直勤務が労働時間に該当しないと判断されていますが,だからといって,どのような場合でも宅直勤務は労働時間に該当しないといわけではありません。

>> 医師の宅直・オンコール当番に残業代等は支払われるのか?

その他の争点

大阪高判平成22年11月16日では,前記宿日直勤務および宅直勤務の問題だけでなく,割増賃金算定の基礎となる賃金に,各種手当が含まれるのかという点も争点とされています。

基礎賃金に含まれるかどうかが争われたのは,初任給調整手当・月額特殊勤務手当・期末手当・勤勉手当・住居手当です。

大阪高判平成22年11月16日では,上記手当のうち,初任給調整手当・月額特殊勤務手当は基礎賃金に含まれるとしました。

しかし,期末手当・勤勉手当については労働基準法施行規則21条5号の1か月を超える期間ごとに支払われる賃金に該当するとして,また,住居手当については同条3号の住宅手当に該当するとして,いずれも基礎賃金には含まれないと判断しています。

>> 割増賃金はどのように計算するのか?

奈良病院事件判決のまとめ

以上のとおり,大阪高判平成22年11月16日は,医師らの宿日直勤務時間については,全部が労働時間に該当し,断続的労働ではないとして,病院側に対して残業代等の支払いを命じました。

他方,宅直勤務については,労働時間に該当しないとして,医師らの残業代等の請求を否定しています。

なお,前記のとおり,他の奈良病院事件判決(大阪高判平成26年12月19日,奈良地方裁判所平成27年2月26日判決等)も,大阪高判平成22年11月16日を踏襲しており,判断の枠組みや結論はほとんど同様のものとなっています。

奈良病院事件判決では,宅直勤務時間の労働時間性は否定されていますが,あくまでこの事案において否定されているだけで,宅直勤務一般の労働時間性がすべて否定されるわけではありません。

奈良病院事件判決では,病院側の明示または黙示の業務命令は認められませんでしたが,使用者側の明示または黙示の業務命令が認められれば,宅直勤務時間も労働時間として認められることになるでしょう。

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